7月26日(木)
私の名前は「周子(しゅうこ)」と言います。名前と言えば、最近の子は、とても可愛い名前の子が多く、実に羨ましいと思っています。ちょうど今日、先日出産した友人の娘さんの名前の発表と写真がメールで送られてきて、これまたとても可愛い名前と写真でした。
自分の名前の由来は、両親にあまり詳しく聞いた事が無かったのですが、子供の頃は、男の子に間違えられたり、新学期の時に先生に正しく呼んでもらえなかったり、友達に「シュウマイ」とかよばれたり(横浜ならではですね…)あまり名前について良い思い出もなかったのかもしれません。でも、大人になってからは、巷にあまりないこの名前をとても気に入るようになりましたし、あまり可愛い過ぎる名前で、実物とのギャップを感じられても困るので、そこそこ良かったと思っています。
でもそうは言っても、カワイイ名前には憧れますね。
今の工場のお隣のおばあちゃんは、近所の皆から「なみちゃん」って呼ばれています。なんだか70を超えてるおばあちゃんが、そう呼ばれて親しまれてるのって、カワイイなぁ。って思いますよね。
人の名前って、苗字はたいていお決まりでどれかに納まるのでしょうが、名前は全くの自由で、産まれてきた時に親が命名してくれてからずっと付き合っていくものですから、結構重要ですよね。どんな願いや、希望を託しているのか、とても気になるところです。私も今度、両親にじっくりと由来について聞いてみようと思います。たいした理由がなかったらどうしよう…。(S)
私の名前は「周子(しゅうこ)」と言います。名前と言えば、最近の子は、とても可愛い名前の子が多く、実に羨ましいと思っています。ちょうど今日、先日出産した友人の娘さんの名前の発表と写真がメールで送られてきて、これまたとても可愛い名前と写真でした。
自分の名前の由来は、両親にあまり詳しく聞いた事が無かったのですが、子供の頃は、男の子に間違えられたり、新学期の時に先生に正しく呼んでもらえなかったり、友達に「シュウマイ」とかよばれたり(横浜ならではですね…)あまり名前について良い思い出もなかったのかもしれません。でも、大人になってからは、巷にあまりないこの名前をとても気に入るようになりましたし、あまり可愛い過ぎる名前で、実物とのギャップを感じられても困るので、そこそこ良かったと思っています。
でもそうは言っても、カワイイ名前には憧れますね。
今の工場のお隣のおばあちゃんは、近所の皆から「なみちゃん」って呼ばれています。なんだか70を超えてるおばあちゃんが、そう呼ばれて親しまれてるのって、カワイイなぁ。って思いますよね。
人の名前って、苗字はたいていお決まりでどれかに納まるのでしょうが、名前は全くの自由で、産まれてきた時に親が命名してくれてからずっと付き合っていくものですから、結構重要ですよね。どんな願いや、希望を託しているのか、とても気になるところです。私も今度、両親にじっくりと由来について聞いてみようと思います。たいした理由がなかったらどうしよう…。(S)
7月25日(水)
今作っているダイニングセットの試作品は明日までになんとか完成させて、さっさと次の仕事にかからないといけない予定になっています。
今回のダイニングセットは割とリーズナブルな価格設定にしたくて、サクッと作れるものにしようと考えていたのですが、実際作り始めてみると思っていた以上に手間がかかりすぎています。
まぁ、試作というのはいろいろ試行錯誤を重ねるし、どうしてもいろんなことを考える時間も多くなってしまうから仕方がない所もありますが、それにしても、作業時間がかかり過ぎです。
よくよく考えてみると、脚の部材はすべて旋盤で丸絞りの棒に加工していますし、その他の部分はすべて南京鉋などで柔らかい面に一つ一つ削って仕上げているので、そりゃ時間はかかるわけです。
デザインを考えているときはイメージばっかりを優先して実際の作業性のことなどあまり考えていないのです。
なんか面白そうな物を思いつくと、「多少手間がかかってしまいそうでも気合入れて作ればなんとかなるでしょう。」
作り始める前まではいつもそのように楽観視してしまいます。
で、実際に作り始めてみると、そこで初めて本当に手間のかかる仕事だったということに気がつくのです。
こんなに時間がかかってしまっては赤字ですから、どうやったらそのデザインイメージを崩さすに時間短縮できるのかを一生懸命考えます。
でもそれが一番難しいことなんです。
「手間と時間をかけて作ればより良いものができるのは当たり前のことなので、当然そうしたい。」という自分と、「手間と時間を好きなだけかけて作れればそれで満足できるのか。」と疑問視する自分がいて、それがいつも葛藤しています。
それでもこの南京鉋での削り加工はとても楽しく、時の経つのを忘れてしまうくらいです。
この鉋は他の鉋と違って両端をつまんで持ち、仕上げたい曲線部分の形を撫でるように削っていくのです。材を縦横無尽にサクサク削っていくと求めている形がピカピカになって出来上がります。
削っては撫で、削っては撫でを繰り返し、やればやるほどいい曲面になってくると、「あともうチョッとだけ。」といつまでもやめられなくなってしまいます。
こうしてまた、商品化できそうもない試作品が一つ増えるのです。
でもいいのです。試作とはこんなものなのですから。
明日はダイニングセットの試作品が完成します。
どんなのが出来上がるかお楽しみに。(R)

今作っているダイニングセットの試作品は明日までになんとか完成させて、さっさと次の仕事にかからないといけない予定になっています。
今回のダイニングセットは割とリーズナブルな価格設定にしたくて、サクッと作れるものにしようと考えていたのですが、実際作り始めてみると思っていた以上に手間がかかりすぎています。
まぁ、試作というのはいろいろ試行錯誤を重ねるし、どうしてもいろんなことを考える時間も多くなってしまうから仕方がない所もありますが、それにしても、作業時間がかかり過ぎです。
よくよく考えてみると、脚の部材はすべて旋盤で丸絞りの棒に加工していますし、その他の部分はすべて南京鉋などで柔らかい面に一つ一つ削って仕上げているので、そりゃ時間はかかるわけです。
デザインを考えているときはイメージばっかりを優先して実際の作業性のことなどあまり考えていないのです。
なんか面白そうな物を思いつくと、「多少手間がかかってしまいそうでも気合入れて作ればなんとかなるでしょう。」
作り始める前まではいつもそのように楽観視してしまいます。
で、実際に作り始めてみると、そこで初めて本当に手間のかかる仕事だったということに気がつくのです。
こんなに時間がかかってしまっては赤字ですから、どうやったらそのデザインイメージを崩さすに時間短縮できるのかを一生懸命考えます。
でもそれが一番難しいことなんです。
「手間と時間をかけて作ればより良いものができるのは当たり前のことなので、当然そうしたい。」という自分と、「手間と時間を好きなだけかけて作れればそれで満足できるのか。」と疑問視する自分がいて、それがいつも葛藤しています。
それでもこの南京鉋での削り加工はとても楽しく、時の経つのを忘れてしまうくらいです。
この鉋は他の鉋と違って両端をつまんで持ち、仕上げたい曲線部分の形を撫でるように削っていくのです。材を縦横無尽にサクサク削っていくと求めている形がピカピカになって出来上がります。
削っては撫で、削っては撫でを繰り返し、やればやるほどいい曲面になってくると、「あともうチョッとだけ。」といつまでもやめられなくなってしまいます。
こうしてまた、商品化できそうもない試作品が一つ増えるのです。
でもいいのです。試作とはこんなものなのですから。
明日はダイニングセットの試作品が完成します。
どんなのが出来上がるかお楽しみに。(R)


